Cabinet of Curiosities 2026 New Music Theater 特別インタビュー(作曲家、小林夏衣)
Cabinet of Curiosities 2026 New Music Theater 特別インタビュー(作曲家、小林夏衣)
(インタビュアー:小島広之 | 2026年1月21日収録)
教科書の記憶を解体する
——タイトルの《子供部屋のトポロジー》にはどのような考えが込められていますか。
小林夏衣さん(以下、小林):本作のテキストの多くは、小学校や中学校の国語の授業でわたしたちが触れてきたものです。学校の授業では、それらの教材を通して、教訓や作者の考えを学ぶことを目的とすることが多いですが、今でも自分の中に残ってるものは、教育的な狙いとは違うところだったりします。些細な場面とかを、時に勘違いして覚えていたりとか。教科書の文章は、そういう私的なバリエーションに富んだ題材だなと思っています。たとえば、私は宮沢賢治の「雪渡り」をほとんど忘れていたのですが、実際に私が使っていた教科書を見ると色々と線が引いてあったりして、読んでみると色々思い出すことがあるんです。こうした題材の断片を再配置して、その「間」を探求したいと思い、「トポロジー」という言葉を選びました。
——断片的な記憶が像を結ぶような、結ばないような「間」というコンセプトを、実際の鑑賞体験として立ち上げるために、どのような仕掛けを用意していますか。
小林:そうですね。教科書に載っていたテキストを断片化することで、一義的でない、私的である種メランコリックな体験が立ち上がる仕組みになっていると思います。教科書のテキストは、見る人の持っている背景に応じて、たとえば聞き覚えがあるのかないのかによって見方も変わってくるものです。この何年かにわたって、私は、一度に全てを知覚することができない情報過多の臨界点にあるような作品を作ろうと試みています。本作でも、そのようなコンセプトを実現するために、観客と奏者の関係が固定された舞台ではなく、ホワイエで上演を行い、二つのスクリーンを設置します。情報が飽和する「間」の中で、個々の忘れられていた記憶が浮き彫りになるような作品を目指しました。
作曲の拡張としてのシアター制作
——今作では演出にも名を連ねていらっしゃいますが、小林さんはご自身の役割をどのように捉えていますか。
小林:やってることは今までとあまり変わらなくて、作曲=コンポジションを拡張して、全体の要素をコンポーズするイメージです。私は制作の最初にメモのようなものを作ります。《子供部屋のトポロジー》の最初のメモは、目ぼしいテキストを集めたものでした。これを始点にして、音楽の流れと言葉の組み立てが協力しあって流れを作っていくようなプロセスで制作を行いました。具体的には、何分ぐらいで誰が何をするとか、音だけに限らないアクションも含むマテリアルのコレクションみたいなものができてきて、それをどう配置するかを考えていきます。なので、音だけが独立しているのではないのですけど、最終的には作曲家として音に集中していくという感じですね。
——ドイツを中心に活躍されていますが、日本で小林さんのシアター作品が演奏されるのは珍しいですよね。
小林:そうですね。2018年にドイツで初めてミュージック・シアターとして作った作品《ああ ヒロシマ〔......〕〈ヒロシマ〉といえば〈ああ ヒロシマ〉と やさしいこたえが かえって来るためには わたしたちは わたしたちの汚れた手を きよめねばならない/栗原 貞子(1913-2005)》を2019年に日本で上演したことはあります。ただし、今回の《子供部屋のトポロジー》では、当時の私とは、ミュージック・シアターに対する認識も、取り組む態度も、全く違っていると言えます。当時と比べて、新しい表現語法を様々に学んできましたが、今ではそういった「新しい」ものを、もはや他所から学んだものとしてではなく、自分のものとして受け入れることができるようになり、その境界線が本当に曖昧になってきています。「この要素をこう使うぞ」みたいな感じではなくて、自然な形で入れられてるんじゃないかなと思います。
「自分の居場所」を肯定する
——個人的には、小林さんの作品を日本で日本語で聴けるというのは、大きい魅力です。
小林:ありがとうございます。今回、日本語話者が圧倒的である環境において日本語を使うことが、観客として来てくださる皆さんに、より「まるで自分のために演奏されている」というような感覚をもたらすことができればいいなと思っています。ドイツでマノス(・ツァンガリス)の作品を体験したとき、ただ受け身で聴くというよりも、自分の体験と接続した「自分の居場所」があるような感じがしました。皆さんが私の作品をどう受け取ってくれるかはまだちょっと未知数ですけど、自らが空間に参加するようなアクティブな体験をしてもらえたらいいなとは思っています。
——小林さんが考える「シアター」というジャンルの魅力はどのようなものですか。
小林:いわゆるクラシック音楽や、その中でもさらに現代音楽は、とにかく敷居が高いと思われがちだという実感を持っています。つまり、専門家でない人たちには居づらい環境になってしまうと思うんですよね。「この曲はこういう背景を持っていて、こういう構成で、こういう和声で、こういうふうに書かれていて、聴きどころはここだ」みたいな知識を理解することが、音楽鑑賞のポイントになってしまうことがあると思うんです。でも、やっぱり私は専門家じゃない人にも見てもらえたらいいなと思います。ただそこに座っててもいいみたいな。実際、ベルリンで《SHALL I BUILD A DAM?》(2024)を上演したときには、音楽ではないシアターを専門にする知人や、自分がピアノを教えてる八歳くらいの子供がお母さんと一緒に来てくれました。その親子は、夜寝る前に親子で上演の様子を思い出して語り合ってくれたみたいで嬉しかったですね。シアターというフォーマットを通して、「なんかわからなくても、自分はこう感じた」みたいなことを自由に言ってもらえるような場所を作りたいと思っています。
——今回のCabinet of Curiositiesの演奏会は、四つの新しいシアター作品を一度に上演するという破格の演奏会だと思うんですよ。小林さんから見た、この演奏会の魅力を教えてもらいたいです。
小林:4つが全部全然違うタイプのシアター作品だというところが魅力だと思います。出演者の重複も最小限に抑えられていて、私の作品を演奏する出演者は私の作品に集中してくれるという贅沢な企画です。こういった演奏会を制作するのは、大規模な劇場でさえ大変なものなので、今回の演奏会は得難いものになると思います。加えて、全く異なるシアターの世界が、一作品あたり二十分、三十分に凝縮されているところも魅力的です。シアターという表現への「入門」の気持ちで聴きにきても楽しいと思います。